サラリーマンを辞め、山仕事に転向する人には、さまざまなタイプや事情があります。そして幸運なことに私の出会った森林組合は、本当に良い意味で、多くのタイプの人にとって、とても居心地の良い職場であることに、私は後日気づくことになります(これをハッキリ言っておかないと、このあとの不器用な辛辣さをカバーできませんから)。
どうやら多数派ではないと自分の状況を理解した頃、隣接する森林組合にアイターンした人から誘いがかかり、「とにかく一度みんなで情報交換をしませんか」という呼びかけで、4つの事業体から5人が集まり、最初の会合が開かれました。もとより、同じように山仕事をしている者どうしですから、おたがいのことを知り合うのに時間はいりません。乾いた砂に水が滲みこむように、皆の境遇を読み取ることができました。そしてしばらくは「情報交換」と称した、月に一度の「グチの言い合い」が続きます。
日中の仕事はすべて肉体労働ですから、仕事が終わってからの集まりはそれなりの意義を感じるものでないと続きません。この集まりが、それだけで終わらなかったということが、職場への不満だけではなく、実行しなければならないことがあったことを意味しているように思います。業界に根強い、現場で働くものを「単なる労働力として、あたま数でしか捉えない」という習慣なども、その本質です。
ちょうどその頃、岐阜で一足先に起業の準備をしていたNPO法人ウッズマンワークショップの主力メンバーが、私たちの会合に参加するためにわざわざ出かけてきてくれました。普通なら、こちらから教えを請うところが、先方からわざわざ来てくれるとは…、じつに幸運なことでした。実際に起業準備をしている先輩がもたらす情報は、私たちの法人設立の決め手となりました。また、時を同じくして、業界の複数の人たちが背中を押してくれました。「やるべきことがある」「あなたたちには技能がある」。そしてNPOならばすぐにでも設立できる、という条件が重なりました。
県や、NPO支援をミッションにしているNPOが主催する、さまざまな勉強会に参加するなどして、1年近く準備を進め、いろいろな本からも情報収集をしました。中でもNPOの父と呼ばれている、P・Fドラッカーの著書は良い道しるべになりました。そんなこんなで、設立総会を行い、法人の登記を行うことができました。しかし、残念なことに皆が諸手をあげての船出、というわけにはいきません。自分の勤める事業体に気を遣い、離脱するメンバーも居ましたし、今となっては笑い話ですが「活動するならばクビ」と宣告され、そまびとには今後一切関わらない旨、一筆書いた者も居ました。既存の事業領域を侵すものへの、警戒心が原因だと思います。
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