その他
手づくり楽器でつながる
木と音の会(高知県土佐清水市)
まず、楽器の形が面白い。キリンやイヌ、星……。自分で好きな形に楽器を手づくりし、演奏を楽しんでいる人たちがいる。
指導しているのは高知県土佐清水市の泉谷貴彦さん。楽器の材料は、地元のかつお節工場で「燻(いぶ)し」に使われる薪である。四国最南端の足摺岬で知られる、土佐清水市に泉谷さんを訪ねた。
手づくりの楽器
かつお節工場の薪を利用
「手づくり楽器は、元々は公立中学の音楽クラブの活動から生まれたものなんですね。ブラスバンドの楽器を購入するのではなくて、身近にあるもので、もっと地元を活かせるものを、と考えたことがそもそもの発想だったんです」と泉谷貴彦さん。80年代後半の頃のことだ。
泉谷さんは、千葉県の中学校勤務からUターンで地元に帰り、土佐清水市内の中学校で音楽を教えていた。泉谷さんの頭に、身近なものとして浮かんだのが、地元のかつお節工場の横に野積みされている「ボサ」と呼ばれる広葉樹の薪で楽器をつくることだった。ボサは、かつお節の製造過程で「燻し」のために使われている。
「この辺りには、かつお節工場はたくさんありますから、それを使って楽器が出来たら面白いなあって」。生徒たちの手づくり楽器の演奏は好評だった。
泉谷さんは土佐清水で手づくり楽器の活動を継続するために、5年間音楽教師を勤めた後、退職。現在は「木と音の会」を主宰する。会のテーマは、自分で楽器をつくって演奏して遊ぶ、である。
楽器づくりの拠点は、市の老人ホームだった建物。木工の機械が大広間に設置され、洗面所のような場所には薪が雑然と積まれている。これが、かつお節工場のボサで、挽いて乾燥させた板を加工して楽器が作られている。
楽器で森林を実体験できる
午後6時。土佐清水市漁民センターの一室で、週1回の手づくり楽器の音楽教室がはじまった。泉谷さんは一緒に演奏しながらアドバイスする。笑いがたえない。小学生、中学生に混じって社会人も加わって、「音楽教室」というよりは、演奏を楽しんでいるという雰囲気だ。
「小さい子が良い意味で年上の子に助けてもらったり甘えたり、年上の子は小さい子の面倒をみたり。楽器を軸にして、学校と家の間にあった放課後の世界を取り戻したかったんです」と泉谷さんは説明する。
手づくり楽器の輪は、周囲の宿毛市、中村市、高知市などに広がっている。大阪、東京などの都会でも手づくり楽器に関心を寄せる人がいるそうだ。
「手づくり楽器の場合には、雑木林の中にあるヤマザクラ、タブ、ツバキなど、どんな木でも使える。いろいろな木がある雑木林は、宝の山ですよ。それぞれに美しい木目があって一本一本違う。楽器を磨けば磨くほど、オイルで拭き込めば拭き込むほどつやが増してゆく。それが大きな魅力なんです」
楽器を演奏することで、おのずと子どもたちは様々な木に触れることになる。
「子どもたちは、森林は大事だということは知っているけど、実体験がない。子どものときから木の美しさや命に楽器を通して接すれば、将来大人になっても森林を不要なものだとは考えないと思うんです」と泉谷さん。
楽器づくりで人をつなぐ
土佐清水市は、高知県の真ん中にある高知市からも車で3時間以上かかるが、恵まれた自然環境が残っている所である。海は青く、山の緑も深い。
「Uターンでこちらに帰ってきたときに、観光でここに来る人と同じで、なんていい場所だろうと思った。ただ、違うのは自分の場合にはここはふるさとなので、山師さんや漁師さんとの人間関係がすぐにつくれた。だから考えたのが、都会の人でも地元の人と話をしたり遊んだりできないかということ。そのための接点が、僕の場合は音楽をやっていたので楽器づくりだった」
泉谷さんが目指すのは、楽器づくりという新しい遊びによって、都会と田舎をつなげてゆくことだ。
「楽器づくりで都会の人が田舎を持てて、田舎の人も都会とつながる。商品でつながるのではなくて、一番純粋な部分でつながって欲しいと思うんですね。日常的な取り組みの中でつながっていく関係が一番確かだと思うんです」と泉谷さん。その「関係」を泉谷さんは「楽器を手にすると、木を切り出した山師さんの顔までが見えるような」という言葉で表現した。
(全国林業改良普及協会 月刊『林業新知識』1999年7月号より。記事データは掲載当時のものです。)
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