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事業アイディア

木材利用

カンナ屑をみてひらめいた「ひのき畳」
 -「環境」「健康」をコンセプトに

飛騨フォレスト(株) (岐阜県萩原町)

間伐材製品を開発するに当たり、今後のキーワード「健康志向」「環境への配慮」というコンセプトの下、既存の製品に対して機能で勝負する戦略は、ニッチ(隙間)市場の創造という意味で、今後注目すべき一つの方向である。
その一つの事例として、ヒノキのカンナ屑を見て「畳」を連想し、「ひのき畳」を製品化して注目を浴びているメーカーがある。
平成14年「間伐・間伐材利用コンクール」で、林野庁長官賞を受賞した飛騨フォレスト(株)代表取締役・今井實郎さんを訪ね、話を伺った。

飛騨フォレスト(株)『ひのき畳』

目次

オンリーワンのビジネスに目覚める

 日本三大温泉の一つ下呂温泉から車で15分ほど岐阜県益田郡萩原町に拠点を構える飛騨フォレスト(株)。この地域はヒノキの産地として昔から林業が盛んであり、その材は「東濃ヒノキ」のブランド名で広く知られている。
 飛騨フォレスト(株)は、こうした地元のヒノキ林から生産された間伐材を活用した「ひのき畳」というオリジナル製品を開発し、近年着実な実績をあげている。今、山村地域から発信するベンチャー企業として脚光を浴び、新聞や雑誌などのマスメディアにも紹介される存在である。間伐材と畳をつなぐ接点は、普通なかなか見いだせないが、なぜこうした製品づくりを思い立ったのか、そこに至るまでの経緯をみてみよう。

 代表取締役社長の今井實郎さんは昭和14年生まれの63歳。もともと農家の長男として農林業を継いでいたが、昭和49年に心機一転、地元で文具・書籍を扱う小売店舗を開店する。
 やがて地域で一番の実績を上げるまでに成長するが、昭和63年、住宅のドアなどの製造加工をする建材メーカー(株)日の出工業を設立した。高精度な加工や、木粉を効率的に集塵する特殊なライン設計のノウハウを蓄積し成長を遂げてきたように見えたが、ここで苦い経験を味わうことになる。今井さんは当時をこう振り返る。

 「しょせん下請けなので、幾たびも厳しいコストダウンを迫られました。それを努力でカバーしてきたのですが、どうやっても無理なことがある。下請けである以上、これは一つの宿命なんです。これではだめだと感じ、小さいながらも自分で値を付け、自分で売れるようなものづくりをしたい、上も下もない、オンリーワンのビジネスをしたいと考えるようになりました」。
 そんな中、知り合いの工務店に遊びに行ったとき、一大転機を促す出会いがあった。
 「大工さんが柱のカンナ挽きをやっていたんです。そのカンナ屑を見ると、実にきれいで、匂いもいい。しかも引っ張っても強い。直感的に、これをスライスチップにしたら畳になるのではないかと、ひらめいたんです。もちろん私は畳については全くの素人でしたが、これはいけるのではないかという何か強い思いが沸き立ったんです。

 ちょうどそのころ萩原町では、間伐材の利用が大きな課題となっていまして、これといった活用方法がなかった。私自身、山林を所有していますし、「自然志向」「郷土志向」という気持ちもあったものですから、間伐材という地域の自然資源をなんとか活かしてビジネスができないかと思っていました。
 しかし、間伐材をそのまま使うには商品力が乏しく、付加価値を付けることが必要です。そんな背景もあったからこそ、『間伐材から畳』という発想につながったのかも知れません」。
 今井さんはその直後から、仕事のかたわらヒノキの間伐材を活用した畳の開発に取り組んだ。畳への知識もなく、全くノウハウもないところからのスタートであった。

「ひのき畳」の断面。麻布に挟まれ、ミシンにより縫製されている「ひのき畳」の断面。
麻布に挟まれ、ミシンにより縫製されている。

ゼロからの挑戦-信念を貫き通して

 その後、本格的に製品化に向けた開発に専念するために日の出工業を廃業し、平成7年12月にヒノキの間伐材を活用したヒノキの畳開発会社、飛騨フォレスト(株)を設立。すぐに製品化にこぎつけると見据えての立ち上げだったが、そこに誤算があった。
  畳は、畳床(芯)と畳表から構成されている。既存の製品は、畳床に藁床、化学床(ポリスチレンフォーム等)、ボード床(木質インシュレーションボード)を用いた3つのタイプが一般的であった。今井さんが開発を目指した「ひのき畳」は、この畳床にヒノキの間伐材をチップ化し、麻布で挟み込んだものを用いたもの。

 まず、製品化に向けクリアすべき第1の難関は、間伐材チップを麻布で縫製して、畳の形に形状固定する技術の確立であった。ここまでは比較的に順調にクリアできた。しかし、畳としての性能・品質を確保する技術の確立については、想像を超える困難が待っていた。畳は平らでなくては商品にならないが、どうしても間伐材のスライスチップが中央部に偏り、畳の角が立たない。畳職人は畳の善し悪しは角を見て判断するというが、このままでは市場で見向きもされない。ここから長い試練の日々を迎えることになる。 

 実は、今井さんは「ひのき畳」を開発するにあたり、岐阜県の技術向上奨励補助金などを1~2活用したほかは、そのほとんどが私費。実際手掛けてみると開発期間が伸びるだけで、周囲からの悲観的な声が耳に入ってくる。今井さんはその頃の苦労を笑いながらこう振り返る。
 「工業製品ならばある程度1+1=2と計算できるのですが、自然素材というのは全然机上の計算通りに行かないのです。なぜこんなこと始めてしまったんだろうと、何度も落ち込みました。
 普通ならここで止めてしまうのですが、すでに自分で設計したラインの導入などかなりの投資をしており、私一人の問題ではなくなっていた。ただ前に進むしか許されなかった状況だったんです。今から考えたらむちゃくちゃでしたけど、どんなに良いアイデアと思っていてもアクションを起こしてみないとわからない。私も半分は勇み足でしたが、開発は勇み足とアクションがなければ絶対できない、まさしくベンチャーなんです」。

孤独な研究の継続により、ノウハウを蓄積し、独自の製法を編み出すことで畳のフラット化に成功した。さらに岐阜県工芸試験場(現岐阜県生活技術研究所)との連携で強度・耐久性の試験を実施し、藁床とヒノキ床の耐久性の比較試験では、加圧体を畳の基準点に向かって8000回落下させ、「へたり」量を測定し、強度や耐久性について藁畳に負けない性能を証明した。
 こうして「ひのき畳」の完成にこぎついたときには、思い立ってから10年以上の歳月が経っていた。

開発コンセプトは「健康」「環境」

 「ひのき畳」を開発するに当たり、今井さんにはこだわり続けたコンセプトがある。それは「健康」と「環境」を指向する製品であること。これらは時代を超えて変わることのないテーマであり、ここに関わり続けることがビジネスとして生き残れるカギだと考えた。そのため「ひのき畳」は100%自然素材にこだわり、接着剤などの化学製品は一切使っていない。

 ヒノキを主材料に選んだことによるメリットもある。例えば畳床が木材であるために、藁床や化学床に比べ格段に高い調湿効果が得られたことがある。また、既存の畳の多くが住宅の高気密化によるダニの繁殖を防ぐために殺ダニ剤を用いているが、ヒノキの精油成分の防ダニ(忌避)効果によってこうした薬剤を使う必要がない。さらに化学物質を一切用いていないことから、廃棄処分で野積み状態にしていても腐葉土化して土に還る。このほか、地域の森林整備で派生した間伐材を活用することで、地域の森林整備と産業振興にも寄与することになる。
 ちなみに間伐材は地元の木材市場で購入するほか、林家が直接持ち込んだ場合も買い取るようにしている。

 一方、各業界の専門家もこのような「ひのき畳」の可能性に注目し、彼らの多くのアドバイスや応援に支えられ、さらなる品質向上に努めてきた。その間、社会ではシックハウス症候群等による健康住宅志向、循環型社会づくり、そして地球環境温暖化問題などがクローズアップされ、開発コンセプトと時代のキーワードが一致したものづくり環境になってきた。

時流に沿ったものづくりへの評価

 こうしたものづくりが評価され、1998年に岐阜県産業推進プロジェクト「オリベスク」ブランド認定をはじめに、同年エコマーク商品の認定、2000年にはグッドデザイン中小企業庁長官特別賞受賞、2002年には昨年度の「間伐・間伐材利用コンクール」で、林野庁長官賞を受賞するなど評価を得るに至った。
 また、これがきっかけで「ひのき畳」が広く知られるようになり、今では有名ハウジングメーカーをはじめ、工務店や個人からも引き合いが相次ぐようになった。現在まで有名どころでは京都の大徳寺や熱田神宮茶室、そして大リーグで活躍中のイチロー邸にも納められたという。

 ただ、価格は従来の化学畳の3倍程度とまだ高い。それについては「耐久力を見ると、ボード等の新建材の畳では20年程度、でもこれは50年は持つ。また調湿性や防ダニ効果、そしてやっかいな産業廃棄物にならないという、総合的な目で見れば高くはないと思う。実際、こうした点を評価して下さるお客さんが増えて、着実に業績はアップしています。今のところノークレームです」と今井さん。現在多いときで450枚/月生産しているが、今のラインでフル稼働時で600枚/月生産可能だ。ただし急激な事業拡大には消極的だ。
 「これからの時代、大量生産大量消費はあり得ないと思います。確実なものをいるときに必要なだけ供給し、大切に長く使ってもらうことが、自然循環型サイクルことにつながると思います。これまで少しずつ歩んできましたが、ようやくものづくりの方向性が確かなものであると確信できるようになってきました」。

飛騨フォレスト(株)では「ひのき畳」以外にこの製造技術を活用して、フローリングに置き畳として利用できる「桧舞台」や「健康ひのきベッド」も生産している。ベット本体部分は地元産のヒノキ集成材を用いており、地元の企業に制作をお願いしている。
 また、高山市で開催された全国保母大会に展示された「ひのき畳」を見た保母さんから、保育園のお昼寝マットをつくってくれといわれたのをきっかけに「ひのきマット」して製品化している。またこうした独自の技術を応用したヒノキの断熱材の開発にも取り組んでいる。さらに皮剥時に出るヒノキの樹皮を屋上緑化企業の依頼で提供している。「ひのき畳」の技術に関連した潜在的な需要はまだまだありそうだ。

将来は全国展開も

 自らも山林を所有する林家でもある今井さんは、同じ悩みを持つものとして山村地域の振興、持続可能な地域づくりを目指している。
 「山に手が入り、林業が活性化してくれば、自然環境が良くなってくる。そこに私どものような地域の木材等の資源を活用した多様な新産業が創設されれば、さらに新たな雇用が生まれ、それが地域の活性化、持続可能な地域社会づくりにつながる。これからはなんでも中央で大規模にやるのではなく、地方でオンリーワンの存在として小さな事業体などがいくつもできて、その一つひとつが関連を持って地域を形成し、経済の活力になっていくということが求められてくると思うのです」と語る今井さん。

 そこで将来展望についてたずねると次のような答えが返ってきた。 「需要の拡大に応じて事業の全国展開も将来的には考えています。その際、各地域の間伐材を活用して、山村地域で新産業を興してもらいたいという観点から、中部エリアは私どもが対応するとして、北海道、東北、関東、関西、中国・四国、九州と各エリアで、近くの市場供給していけるようなネットワークができれば本物でないかと考えています。私どもはライセンス契約をして若干のロイヤリティをいただければいいかなと。そのためにも、これなら誰でも採算に乗るということを実証し、指導できるようにしていかなければなりません」。
 間伐材を活用した新産業の創設で、元気な山村地域が増えていくことを期待したい。

(全国林業改良普及協会 月刊『林業新知識』2003年7月号より。記事データは掲載当時のものです。)
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