地域づくり
林業の裾野を広げるまちづくり
森林総合クラスター創造へ向けた下川町の取り組み
(財)下川町ふるさと開発振興公社クラスター推進部(北海道下川町)
地域の森林資源にこだわり、産業クラスターの導入等による森林業を軸とした産業創造のプロジェクトを進めている北海道下川町。町内外の人々を取り込んだ町一体となった取り組みについて、(財)下川町ふるさと開発振興公社より報告していただく。
目次
法正林づくり
下川町は、北海道の北部に位置する農山村で、町面積64,420haのうち、約90%が森林という、「森林のまち」である。
1901年に下川町の開拓が始まり、林業、鉱業、農業を基幹産業として発展してきたが、高度経済成長以降、鉱山の休山、JRの廃止等により過疎化の一途を辿った。そのため、地域を活性化させるために、自然資源や人材、技術などの地域資源を最大限に活用した資源育成型の産業・地域構造づくりに取り組み、内発的な地域発展をめざしている。
下川町の森林は、国有林が大部分を占めていたが、希望通りの森林経営や雇用の確保といったことが困難なため、1953年(昭和28年)に「国有林野整備臨時措置法」により、1,221haの国有林を取得した。町は、この国有林取得を契機に、下川町有林野特別会計を設定し、同時に経営計画を策定し、本格的な林業経営を手がけることとなった。その後、国有林の積極的買い取りを続け、現在では概ね4,300haに達している。
国有林の取得が始まった翌年に洞爺丸台風による風倒木被害を受け、森林全体が壊滅的被害を受けた。これをきっかけに将来期待できる森林を造成していくため、毎年50ha程度の植林を続けてきた。3,000ha以上の森林があれば森林の伐期を60年として、毎年50ha伐採・植林することで、永続的に森林が保たれる「法正林思想」がそこにはあった。
全国初のカラマツ間伐材・木炭製品開発
一方で、下川では間伐材を高付加価値化させる事業も行ってきた。その第一弾として、全国初のカラマツ間伐材を有効活用した木炭の開発(固形炭)がある。これは、1981年10月の湿雪による約500haのカラマツ被害がきっかけとなり、被害木の活用のため開発されたものである。
下川町森林組合では、既存の木材会社との競合を避ける意味もあって、これまで商品化されなかったカラマツの木炭加工に踏み切った。カラマツを原料にした炭づくりの例はなく、木炭ができるまでに、またその木炭を商品として扱ってもらうために相当の期間と苦労があった。2時間程度で燃え尽きてしまう着火の早さを利点として生かし、木炭とコンロ(地元業者製造)をセットにした「ふるさとコンロ」を発売、これが話題性を生み、一躍下川の木炭が認知されるようになった。
また、この開発を通して、木炭の専門家を含む多くの人的ネットワークが作られた。地域に不足するものは人的ネットワークによって解決するという考え方が下川で定着した。この成功が契機となって、木炭を使用した多様な商品開発が進み、水質浄化材、土壌改良材、融雪材、建築床下調湿材、また、木炭の製造過程で出る木酢液やそれを使った土木・緑化資材の燻煙材など、範囲はさらに広がっている。さらに、含水率を均一化した、集成材の本格的な加工にも着手している。
森林業を軸にした多様な産業おこしを担う産業クラスター研究会
北海道の経済界による「北海道産業クラスター創造構想」の提唱に呼応して、下川町では、1998年に公共事業依存・官依存からの脱却、持続的循環構造の形成、森林を核とした産業同士の有機的連関など、産業の複合的形成効果により地域の社会・経済の自立や持続的発展に向け、町内の有志が集まり、北海道で3番目となる産業クラスター研究会を設立した。
ちなみにクラスターとは、ブドウの房、魚の群れを意味する英語(Cluster)で、情報・取引・人材・技術・資金をつなぎ合わせ経済発展を行っていく手法のことである。
産業クラスター研究会では、下川での事業化の検討、新商品の調査研究・開発のほか、下川町森林組合・下川町と共に、森林の付加価値を高める手法を研究し、実証・実戦に向け努力を行っている。森林組合の林業作業員や商工会のメンバー、主婦や町職員、会社員など幅広く町民が参加し、地域全体で活動しているのが特徴だ。研究会では森林業を軸とした産業創造と、多様な産業との連関に取り組み、森林産業という地域の基幹産業を軸にしていくつかのプロジェクトを実施している。
この取り組みから生まれた商品に、「HOKKAIDOもみの木」シリーズの商品群がある。これは、間伐材のトドマツの葉を蒸留し、製造したアロマテラピー用のエッセンシャルオイルや消臭用のウォーターなどであるが、これらを製造するため、枝から葉を外す機械や蒸留装置などの機械開発、また商品のパッケージングまでを地域の人材が行っているのが特徴である。またこれに付随して、オイルの生産現場から生産過程を知ってもらう体験ツアーなど、各種取り組みにも積極的に取り組んでいる。
★「エッセンシャルオイル」
「トドマツオイルプロジェクト」は、これまで森の中に廃棄していたトドマツの葉を丁寧に集め、窯で蒸留して純粋なオイルとウォーターを抽出することに成功した。それをベースに、アロマテラピーなどに使われるエッセンシャルオイルや、消臭用などに広く使えるウォーターなど新商品を開発。また、抽出後の葉(ニードル)も陰干ししてポプリに加工し、廃棄物をほとんど出さない仕組みを作り上げている。下川産のトドマツの葉から作られる「エッセンシャルオイル」は、外国製のオイルと比べても非常に純度が高く、良質である。アロマテラピー(ヨーロッパに古くから伝わる芳香療法)に用いられ、専用の器に入れてロウソクで温めたり、少量をうすめてスプレーすると、すがすがしい香りがリフレッシュ効果をもたらしてくれる。その他、オイルを使った石けん、トドマツウォーター100パーセントの「森の消臭水」、ポプリ入りクッション、枕など多彩な商品がある。
道内初の「FSC森林認証」取得
このほか、1997年京都議定書の採択により温室効果ガス削減目標が決定され、さらに二酸化炭素排出権の導入が認められた背景を受けて、下川町でも自治体レベルでの二酸化炭素排出権取引を基礎から研究し、現実化への挑戦を行っている。
考え方としては、森林そのものを「公共財」あるいは「環境財」と位置付け、森林の持つ二酸化炭素吸収機能、また吸収量を排出権制度に加えることを目指し、森林の新たな経済的制度の価値を創造するものである。
そこで産業クラスター研究会では、小流域システムワーキンググループを設置し、「森林共生社会」という長期的な視点から、森林を巡る、社会・経済の両立を求めていくために森林認証が必要だと認識し、森林認証を取得するためのフォーラムを実施するなどの活動を行った。
その延長として、下川町森林組合は、道内初の「FSC森林認証」取得を果たした。この取得により、下川の森林は適切に管理された森林を証明することになり、森林の高付加価値化への礎としている。さらに、製造過程における認証も受け、認証を受けた製品も製造されはじめた。その製品の使用により、再度森林整備が可能になるという循環サイクルが産まれるのである。森林認証を受けることにより、下川町の森林の価値が客観的に認められ、付加価値が高まり、市場競争に勝ち残るという経済的な効果が期待されているが、それ以上に、このような認証を取得することで、ひとつのブランドが形成され、関係者や住民の意識を変えるきっかけとなると思われる。
有能な人材の誘致をめざして
産業クラスター創造活動とは直接の関連はないかもしれないが、下川町では、町/森林組合/商工会で実行委員会を作り、1996年から5回に渡り、都市と山村の相互理解と、エコツーリズムの推進を目指して、「森林・林業体験ツアー」を実施した。
本ツアーなどがきっかけとなり、実際に下川町森林組合などに就職した人も少なくない。この10年、新規の林業労働者のほとんどは、町外の都市生活者などのU・Iターン者で占められている。2004年現在も森林組合への就職希望者は多く、エントリーされている人は常時30~40人となっている。ホームページによる人材エントリーも受け付けている。このほか、新規就農やベンチャービジネス、芸術文化などの面で、新たな人材が定住している。林業などの担い手不足に悩んでいる山村があるなかで、下川の人材誘致の取り組みと実績は高く評価されている。
こうした成果が得られた背景には、これまでの下川町の地域づくりや森林産業育成に対する明確なビジョンを持ったリーダーがあり、こうした仕事に関わりたいと考えていた都市生活者などの共鳴を受けたことと、地域の人たちのこれまでのまちづくりなどで培ってきたマスコミや国内外の学識者などの人的ネットワークが大きな役割を果たしたものと考えられる。もちろん、これらの活動に対する様々な行政的な支援策があった。
下川町では、これまで森林に関する多様な付加価値作り、それを推進するための人づくりに取り組んできたが、今後は、その成果をさらに大きなまちづくりに生かそうと新たな取り組みを模索している。すなわち、町全体が、森林を中心に、豊かな自然産業が保たれ、そこに、裾野の広い、豊かな森林産業が栄える。住民は森林に抱かれて暮らす喜びをかみしめ、豊かな森林文化が創られる。さらに、常に多様な人材が集い、交流し、様々な情報発信を行う。このようなまちづくりを住民参加で勧めようとしているところが特徴であり、すでに住民の中から、様々なまちづくりの提案や実践活動が生まれている。たとえば、森林サークル(さーくる森人類)などの活発な森林体験活動、交流活動が行われている。
★「さーくる森人類」
「さーくる森人類(しんじんるい)」は下川へのU・Iターン者が中心となって設立したサークルである。
主な活動として、月に2回ほど町有林の保全整備(枝打ちや除伐)を行うほか、勉強会を開くなど森林に積極的に関わっていくことで、地域の魅力やアイデンティテイをより身近に感じ取ることを目指している。下川の森林を基に経済や社会の持続可能な発展のために何をすべきかを考え、将来は「森林NPO」を目指している。1996年の「森林・林業体験ツアー」参加者から代表が誕生し、1997年に結成された。メンバーのほとんどが移住者で構成され、森林での交流活動を行うとともに、他の都市からの移住や就業を円滑に進める「窓口」もつとめている。
公民館講座と連携した森林体験事業に取り組むほか、町内の巨木散策プログラムなども実施している。サークル誕生のきっかけともいえる、「森林・林業体験ツアー」は現在、さーくる森人類主催の「すくーる森の人」として通年の森林ツーリズムをめざし、毎月第4日曜日を「開学日」としてツアーを実施中である(2004年)。
2006年現在は法人化され、名称も「NPO法人 森の生活」と改められた。
「NPO法人 森の生活」代表の奈須氏のブログは、「山村起業」サイト内、「ブログ~山村起業日記~」にて連載中!
産業クラスターから森林総合クラスターへ
ここで下川町におけるまちづくりの特徴を整理しよう。
まず、地域の森林という地域資源にこだわり、最大限活用する中から地域の活力を見出そうという姿勢を出発点とし、その前提として資源を枯渇させずに永続的に利用することが重要であるため、法正林思想に基づき国有林の買い上げと継続的な植林活動の展開により基盤を築いた。
そして、その森林資源を生かすための「事業の拡大」と「人材の確保」。木炭開発や産業クラスター活動による新たな商品開発など、林業そのものの産業的な裾野を広げる取り組みを積極的に展開し効果をあげてきた。
これとあわせて、人材誘致を目的とした森林体験ツアーなどを積極的に展開するなど人材確保について独自の働きかけを行うとともに、その受け入れ対策を積極的に講じてきた。さらに次の展開として下川の森林そのものの価値を高めるため森林認証を取得。森林の持つ二酸化炭素吸収の役割や各種機能に着目した調査も勧めている。
こうした流れを産業クラスターという産業的な取り組みから、産業、自然、社会を大きく取り込んだ森林共生社会をめざす「森林総合クラスター」というより大きなまちづくりに発展させようとしている。振り返るとこの一連の取り組みの強い推進力は、地域を自立させようとする思いを持ったキーパーソンによる強いリーダーシップによるものが大きかった。前町長であった原田四郎氏の行政的なリーダーシップ、森林組合長山下邦廣氏を中心とする森林組合の積極的な活動展開を抜きに論じることはできない。
これらに賛同して積極的なまちづくりに取り組んだ地域住民の参加があったことも大きい。さらに地域外の人たちをファンとして上手に仲間に引き込んでいった手法も重要である。またこのような外部の知恵の積極的な導入とネットワーク化が内発的発展の大きな推進力になったことは確かである。
今後、さらに進化を続ける取り組み
近年、環境や健康などに対する関心の高まりから木の良さが見直され、「環境にやさしい住まい」に対する期待が高まってきている。
もともと家は、地元の木で、地元の職人によって建てられるのが当たり前であったが、木材輸入の自由化、住宅メーカーの台頭などにより、日本の住宅は画一的なものが多くなってしまった。地域の人に合った家をつくるためには、地域で生産された木材を使い、地域のことを知り尽くした地域の職人が家づくりをすることが必要である。また、長い年月をかけた「森づくり」から生まれる木材を使った住宅をつくることは、資源循環型社会の形成の上でも重要なことである。このため下川では、森林認証を取得した下川の森から生産された木材などを使った、下川独自の「下川ブランド住宅」を開発しようとする試みを行っており、地域材を活用した住宅に関するセミナーも開催している。
このほか、地域の最新の取り組みとしては、産業クラスター研究会の中でも、森林資源や森林との関わりが大きなものとして、「自然療法」「グランドデザイン」「環境マネジメント」といった研究グループがある。それぞれ町民のなかから、年齢職業性別の偏りなくメンバーが集い、研究を行っている。このほか、「地域学『しもかわ学会』」などの取り組みもあり、活発に下川の資源を見つめなおす取り組みを行っている。
さらに今後取り組みが必要とされている分野として、間伐材の利用によるバイオマスエネルギーの利用や二酸化炭素吸収による排出権取引に関する調査、森林認証材を利用した商品開発など、下川の森林資源を最大限に活かすことが考えられている。
以上の取り組みにより確保される財源が、地域の自主性にもとづいた森林経営基盤を支える資本の一部として、地域内における再投資、さらには持続可能な地域経済システム構築を可能にする。その再投資による波及効果がさらに地域経済を活性化させ、新たな雇用を生み、新たな産業集積と新たなコミュニティが形成される。これこそが、21世紀型の新しい持続可能な地域発展モデルとなるのではないだろうか。
★お家づくりキャンプ
小学校の夏休みに合わせて「お家づくりキャンプ」を実施した。この、「地域材活用住宅に対する理解を深めてもらうこと」を目的としたキャンプへ道内外から4家族が参加した。
3日間のプログラムは、まず、五味温泉体験の森で、参加者に林業体験(枝打ち、除伐)をしてもらい、地域材と森林について勉強してもらったあと、子どもたちが自分で造る「お家の設計図」を描いた。2日目は雨天のため、休校になった小学校体育館にて、各家族が1軒の小さな「お家」を造った。参加者が「建築」するのを、地元の建築業者などの「プロ」が手伝い、犬小屋やドールハウスなど、それぞれの「お家」が完成した。
最後は、参加者の思い出と、次につながる木材づくりという意味を込めて植樹した。森林の育成、木材の活用、そして植樹というサイクルを体験しながら、森林所有者や住宅生産者が一体となって、消費者の求める家づくりを実施する「顔の見える家づくり」の理解を深めるこのキャンプは、子どもたちにとって非常によい思い出になったのではないだろうか。
(全国林業改良普及協会 月刊『現代林業』2004年3月号より)記事データは掲載当時のものです。)
**『現代林業』はこんな雑誌です。**