木材利用
ワックスから住宅まで
有名林業地からの新地域産業への挑戦
(有)小川耕太郎∞百合子社/(株)木楽屋(三重県尾鷲市)
尾鷲ヒノキとして有名な三重県尾鷲市では、発想を新たに地域資源を活かした新産業づくりが急ピッチで進められている。
ここでは、個人企業がワックスの販売から山林循環経済づくりの提案を進め、さらに地域内の木材産業が一体となって新しい住まいづくりを進める展開について、(有)小川耕太郎∞百合子社、(株)おわせ木楽屋の取り組みから紹介する。
(写真:(有)小川耕太郎∞百合子社のスタッフ。中央に小川耕太郎さん、百合子さん)
目次
製材屋と養蜂家がつくったワックス
取材に訪れたのは、尾鷲ヒノキでも有名な三重県尾鷲市。美しい海を見下ろす丘の上で「蜜ロウワックス」を開発、販売している㈲小川耕太郎∞百合子社を伺った。
そこでまず、中堅の製材業を営んでいた小川さんが、蜜ロウワックスの開発販売に関わったきっかけについてたずねた。
「今から6年くらい前に、三重県の南部で内装にヒノキをふんだんに用いた小学校が竣工されたというので視察に参加したときに、ヒノキに塗られていた塗料で、私を含め多くの参加者が気持ち悪くなってしまったんです。子どもたちに健康的で落ち着いた教育空間で学んでもらうはずが、一体どういうことだと腹立たしくなりました。
木を使うことがよいという言葉が独り歩きして、木をどう活かすかという発想が欠けていたんですね。木材を供給する側も木の使い方を伝えることを人任せにしていたわけです。そこでふと自分を振り返ってみると、自分もやっぱり日々の売上げ額を追ってる毎日で、自分が納めた材がどのような使われ方をしているのか知ろうともしていなかったことに気がついたのです。これをきっかけに自分が何とかしなくてはと思い立ったわけです」
その頃、尾鷲地域内では、木材関係者でフローリングや壁板を生産する内装材加工協同組合を設立することになっていた。小川さんも理事の一人として設立に関わり、生産される内装材製品は、木を活かす安全な塗料で仕上げようということになった。
そこでドイツ製の自然塗料があることを知り、成分を確認してみると、数種類のロウと数種類の油と乾燥剤、そして、これらを溶かして混ぜるための有機溶剤が使用されていた。これではダメだと思いさらに他を調べているうちに、ある建築家の本に蜜ロウで住宅の手入れをするとよいということが書いてあった。ここで蜜ロウワックスへの発想が生まれた。
小川さんは当時をこう振り返る。
「実はこの頃、製材会社が倒産したために地域の産物である蜂蜜やお茶、梅干し、備長炭などを販売する会社として立ち上げていたのです。そこで懇意にしている和歌山の養蜂家の方が蜜ロウを使用したハンドクリームを製造しており、蜜ロウを大量にストックしていた。
一方、油は、私の祖父が生前、番傘職人で、耐水性を持たせるために当時は地域の荏胡麻(えごま)油を使っていた。そこで蜜ロウと上質な荏胡麻だけでワックスをつくれないかと思いついたわけです。さっそく養蜂家の方に試作品をつくってもらったのですが、これが実にすばらしい出来だった。これなら売れると直感し、『未晒し蜜ロウワックス』と命名し、販売を開始したわけです」
利益の5%を日本の山林維持に寄付
小川耕太郎∞百合子社の製品パンフレットやホームページには「利益の5%を日本の山林維持、循環、技術の継承等に寄付していきます」「地域の自然を生かした産業の輪を広げ、日本の山林が維持できる仕組みづくりをめざしています」などの文面に目に入る。なぜそういった主張を発信しているのか。
「製材工場が倒産した時、これから自分はどういう生き方をしたらいいのか相当悩みました。その時、地域の中で林業、製材業が衰退していく流れを見て、尾鷲という地域は、自然は、どうなってしまうのだろうと自分の中で強く問題意識が高まったのです。ただ返済のためのお金儲けをするのではなく、地域に対して、自然に対して貢献していくという基本的な考えに立って今後を生きていこうと思ったのです。
再出発するにあたり、地域の自然を生かすモノをつくり、モノを売ることで、買ってもらった人の健康志向の家づくりにつながり、同時に地域の山林循環経済活動を育むことを前提に、環境に配慮したもの、健康に配慮したものしかつくらないと決心し、蜜ロウワックスの開発・販売を始めたのです。
当時地元の木材業界の仲間に持っていったところ、『ウレタン塗装の方が掃除が楽だし、これは今の人たちには売れないよ』と言われました。でも商品が売れる売れないが問題じゃない。
地域の山という自然があって、蜂が雑木山の受粉の媒体をして、蜂蜜をつくって、余った巣のロウを活かすためにワックスをつくる。ワックスと地域材による木の家づくりや木材利用という展開でさらに新たな展開が生まれてくるはず。そういう地域産業創造の視点が問われているのです。私は、日本の山を守るには補助金やボランティア活動だけでは無理だと思います。やはり経済活動が成立することが山を守ることにつながる。そういう思いから仕事で利益が上がった5%を山林維持や技術の継承等に寄付すると宣言しているのです」と小川さんは熱く語る。
山全体を売り込む姿勢が人を呼ぶ
妻の百合子さんの二人で、こうした考え方を伝えながら蜜ロウワックスの販売を始めた。最初はラベルも説明書も手作りで、工務店や家具職人などにサンプル添えてアンケートを行ったところ反応は上々だったという。商品が少しずつ売れ出してくると、地元新聞から取り上げられた。やがて全国紙である住宅雑誌やエコロジー雑誌にも取り上げられるようになった。東京の著名な健康建材の展示ブースにも並び、大手建材商社とも提携した。健康を志向する需要もあって確実に生産は増え続けた。こうした展開について小川さんはこう分析する。
「私たちの考え方を伝えることにより、こうした考えに共感してくれた多くの方々が応援してくれました。ワックス屋として売ったらこんな広がりは出なかったと思います。ワックスを売っているのではなく、山全体を売り込んでいる小川耕太郎∞百合子社なんだという姿勢を貫いているからこそだと思います。当初は取引先も100件あるかないかでしたが、今では毎日のように新しいお客さんが増えるので、5000件は越えているでしょう。そのうちの6割は、工務店、塗装関係業者などで、4割は一般のお客さんです」
販売と情報発信を通して、新たな情報・ネットワークが生まれる
多くの顧客が増えることで共通の哲学を共有した新たな情報ネットワークが進化していく。そこから新たなビジネスチャンスも生まれるという。
「ワックスは、健康的な木の使い方について林業、製材業と連携して伝えることができる。ワックス販売を通じて、住宅関連の方々と接する機会が多くなり、あちこちで聞いた情報をホームページなどを通じて流しているうちに、いろんな方から情報が入ってくる。
例えば『ウッドロングECO』というカナダの外装用の無公害木材防護保持剤も取り扱っているんですが、購入された方が、岩手県の大東町でフォレストボードウォークという木の歩道づくりに使うという。そうすると営業がてら話を聞きに行くわけです。
また、滋賀県山東町の幼稚園で園児が私たちのワックスを塗って健康的な木質空間を維持するという話があると、やはり現地に行ってみるわけです。販売を通じて全国の面白い情報が入ってくる。そこで得た情報をホームページなどで発信すると、さらに新たな情報が入ってくる。
最初は尾鷲の自然とか林業とかを何とかしたいと思って始まったのですが、やがて他の地域の林業家、製材所、工務店などいわゆる木材住宅に携わる方々が、『私たちはこういう考えでやっているからにぜひ見に来て欲しい』『こういうものを開発したがどうだ』とかというつながりが全国にできてくるんです。ベースの考え方で共鳴している方々とネットワークが広がる中で、新しいビジネスチャンスが生まれてくる。家づくりや地域づくり、新製品開発など現在いくつものプロジェクトが進行しています」と小川さん。
一方で、蜜ロウワックスの類似品も絶えないと言う。その点について小川さんは実に割り切っている。
「私たちは消費者にきちんと成分を公開していますから、逆に似たようなモノはつくれるわけです。粗悪な荏胡麻油や海外の蜜蝋を使えば安くつくれるわけです。しかし、私たちは安全なものをつくる、山が生きる製品をつくるという考え方を売っているわけです。だから私たちと同じ考え方で、よりすばらしい製品を生産される方が出てくれば、そちらに頑張ってもらえればいいわけです。私たちは次なる商品で考え方を提案していくだけです」
尾鷲ヒノキを総合プロデュースする木楽屋の設立
小川さんは蜜ロウワックス等の販売を通じた取り組みだけではなく、同時に地域で一つにまとまった地域産業づくりにも参画している。それが「(株)おわせ木楽屋(きらくや)」として一つの形に結実されている。これは森林組合、プレカット協同組合、内装材加工協同組合、木材協同組合、林業関係者、企業が共同で出資して2001年に設立されたもの。収益の一部は地域の自然保護のために還元すると謳っている。小川耕太郎∞百合子社も株主の一つ。尾鷲産の木材製品、蜜ロウワックスを含めた木工品などを取り扱うほか、尾鷲自然素材にこだわった住まいづくりを請け負うという。 その(株)おわせ木楽屋を訪れ、副社長の福西賢一郎さんに会社設立の目的を伺った。
「尾鷲はヒノキのブランド力があっただけに、従来は丸太を製材にして単品で売っているだけでよかったわけです。しかし、これからは総合的に木材に関わる地域産業として変えていかないと生き残れない。時代は、環境・健康・自然という視点がクローズアップされており、その流れの中で木材は必ず再認識されてくるはずです。そこで私たちは地域の自然素材で、化学物質を含まない住まいづくりを提案していくことを目的に、地域の林業、製材業、プレカット、設計士、工務店地域のネットワーク化を図り、地域内で住宅一棟分の資材を調達、建て方までも請け負っていこうとしています。今年(2004年)まず第1号を建築する予定です」
さらに木楽屋では、一般の方々にヒノキに愛着を持ってもらい、将来の施主を育てていくための普及啓発にも力を入れている。地域内でヒノキのカンナ屑でコサージュやマット、織物を創作している女性や、全国で生涯教育に関わるNPOの方のノウハウを資源として活かし、新たな展開を図っている。
「ヒノキの高級イメージを払拭するため、身近な包装用紙としてカンナ屑から『ヒノキシート』を開発しました。さらにヒノキ糸等を使った織物づくりなどの輪を広げ、ヒノキに理解ある潜在的な消費者を育てるために、大手糸メーカーや手織りの専用織機を製作するホビーメーカーと提携するとともに、木楽屋では伝統手織りインストラクター養成講座等を開催しています。軌道に乗れば教材としてヒノキ糸の生産が見込めると思います。
今までは製品提供側は効率性・経済性の追求でしたが、これからは、暮らしそのもの提案するモノづくりが必要なんだと思います。全部の人を対象とするのではなく、例えば、はじめは理解してくれた5%の人を対象に、徐々に7%、10%と裾野を広げていけばいいのだと思います」と福西さん。
今後の展開に注目したい。
(全国林業改良普及協会 月刊『現代林業』2004年2月号より)記事データは掲載当時のものです。)
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