山で生きる・森をつなぐ仕事<part.1>
森の価値を見直す起業
松下照幸さん(林業・森と暮らすどんぐり倶楽部主宰/福井県)
森の中で松下さんがふと立ち止まる。足下のコアカソをちぎると、軽く握った拳の上に載せた。もう一方の手で、葉の上から強く叩くと、パン!と高い音。「小さい頃の遊び。うまく鳴らせるやつが尊敬されたね。こういう面白さを次世代に伝えたい」と松下さん。「森に暮らすどんぐり倶楽部」を立ち上げて3年。杉木立の合間に見えるクラブハウスを拠点に、自然体験教室を開催している。今のところ、ベニドウダンツツジの販売が収入の一番手。「足下の、皆が忘れてしまった自然に価値がある。木材生産だけでない、森の多様性を生かす林業がやりたいんです」。
大手通信会社に勤め、都会暮らしが長かった松下さんが、故郷に再び目を向けたのは40代になってから。有機農業から入り、かつて生活に密着していた「森」に再会する。「転勤も断り、故郷で生きる道を必死に探りました」。12年前、地元の名人に付いて、ベニドウダンツツジの栽培を学ぶ。その上で緻密な資金計画を練り、晴れて4年前に退職し、倶楽部設立。企画から実行まで10年掛かりだった。現在専任スタッフは3人だが、ボランティアを入れると30人ほどが関わる。「自分が面白がっていると、どんどん人材が集まってくる。ホンマにやって良かった」と松下さん。ひとみ夫人、長女のちはるさんも主要メンバー。「昼間は殆どクラブハウスにいる」という。運営に当たっては「経営哲学」「ルール」「独創性」等の共通理解を文書化し、その上で個人の自主性を尊重。長く企業人だった松下さんの面目躍如だ。いずれ地域の拠点になればという思いが形になりつつある。 (絵と文/長野亮之介)