米作と林業をやって暮らしたい
加藤周一さん(山形県鶴岡市)
山形県鶴岡市の三瀬地区は、海に面し三方を山に囲まれた地域。ここで生まれ育った加藤周一さんは、稲作と林業にこだわる。米は消費者に直販。木材は施主を山に案内して立木を見てもらい、契約を結んで製材した製品を直販する。
■米と林業で暮らしたいから
加藤周一さんが「うちの社長」と呼ぶ、夫人の敬子さんは周一さんを評して、「すごい仕事に厳しい人じゃないですか。フル回転しますよね(笑)。中途半端はいやな人だからね」と言う。
加藤家の農林複合経営の2本柱の一つが米作。水田5ha(うち受託水田2ha)から生産している米は全量消費者に直販している。米の販売担当は敬子さんである。
「3代続いてきた米と林業で何とかよそへ働きに行かないで、ここで暮らしたい。そのためには経営の仕方を替えて付加価値を付けること、もっとお客さんの顔の見えることをやらないといけないなぁと思った」と周一さん。
米のお客さんは鶴岡市内が8割とか。米へのこだわりは加藤家の納屋のコンバインを見ても分かる。出番を待つコンバインや田植機は、新品同様。メーカーと契約してメンテナンスが徹底されている。米のお客さんが訪ねて来たときに機械を見せたいからだという。
■木材業者を追跡調査
周一さんが18歳で家を継いだ頃は、米は農協を通じて販売し、木材は山で立木売りしていた。そのうちにどんどん材価が安くなり、周一さんは立木売りをやめ、自らの伐木造材で共販所の市場に出荷するようになる。
「丸太をきれいにして、刻印を打って共販所に出すと、だいたい買う業者が決まって来た。それでどういう人たちがうちの木を買っていくかを追跡調査した。それでどんな製品になっているかを勉強していくと、うちの木はよそに比べていいんなだなとわかった」
そんな周一さんが、家を作ろうとする施主を山に案内し、木を選んでもらって、伐木造材して、製材した製品を届けるという「産直販売システム」を始めたのは、10年ほど前にいとこの家づくりを手伝ったのがきっかけだった。
「いとこが実家の山の木をもらって家を建てることになった。伐って製材所に持っていってあげた。やってみると自分が出したものが形として残っていくということで、面白かった。何とも言えないな」
以来、毎年1、2棟限定で「産直販売システム」で家づくりを行ってきた。この間、米もすべてお客さんへの直販にした。米の直販が軌道に乗るまでは、木材を懸命に販売することで家計を支え、また米のお客さんが加藤家の木で住宅を建ててくれたのだという。
「産直販売システム」の施主は、すでに2年後までは決まっているのだという。
周一さんは、「米のことと木のことには何でも挑戦する。やるからには徹底的にやりたい」と話す。
「1年1棟のペースは絶対に守りたい。山を守っていくためには、伐り過ぎたくない。そんなにいい暮らしをしようとは思っていないし、家族が食べて行くだけの収入があればいい。ここにあったような暮らしをして、それで幸せだと思っているし。家族を守って地域にあったような暮らしをしていけばいい。それが本来の山村の暮らしだと思うんです」
■施主と各業者が個別契約
ここ10年ほど周一さんは、加藤家の木を使った「産直販売システム」の家づくりを行ってきた。やりがいはあるが、慣れない新しい分野の仕事でもあり、家づくりの段取りをすべて仕切っていた周一さんは、施工業者に翻弄されることもあったという。
そんな周一さんは、今年から小野泰太郎さんとパートナーを組んでいる。小野さんは鶴岡市三瀬地区の出身で周一さんとは親戚関係にもあるが、秋田市内で株式会社小野建築研究所を経営し、CM方式(コンストラクション・マネジメント)で建築を実践している。
CMは「分離発注方式」と呼ばれ、施主が施工業者を施工内容別に選択し、施主と各施工業者が個別に契約を行うという方式。従来のように、施主から元請け業者が工事を受注し、下請け、孫請けの施工業者へと流す方式とは大きく異なる。
例えば、CMでは工務店も左官屋もそれぞれが直接施主と契約し、設計業者が施主の立場に立って、施工業者をコーディネートとする。施工業者のすべてが元請けとなるので、仕事に対する職人としてのやり甲斐が増す可能性もある。
「施主にとっても職人と接する機会が増え、本当に家を建てているという感覚になれる」と小野さん。
また、小野さんは「ユーザーに対しては、1円たりとも不明なお金があってはいけない」と話す。契約前の合見積もり等による業者間の競争やコストの透明化で、CM方式によって全体の建築コストを2〜3割程度削減できるという。
取材時に鶴岡市で建築中のIさんの家は、周一さんにとってCM方式での1棟目になる。周一さんにとって施主は周一さんの木で建てたいというお客さんだが、CM方式では周一さんも施主と契約する一業者である。「これまでは私が家づくりの全部を仕切っていたけど、CMで材木に集中できる。良いものを安く、施主が喜ぶような材料を提供したい」と周一さん。
周一さんは施主のIさんと製品1石(0・28M)当たり2万1000円で180石納品した。金額は製材所に支払う賃挽き料(1石当たり5500円)込みである。
■立木80年生は商品に見れない
小野さん自身はCM方式ですでに30棟ほど手がけたが、CM方式に周一さんのような林業家が参加することを想定していなかったという。今は林業家と一緒に家づくりをすることは非常に良いことだと考えている。
「周一さんと一緒にお客さんを山に案内するんですが、お客さんは『ほぅー』と感心するわけです。柱と違って、山の80年、100年生の樹は商品としては見れないんですね。山の精神性を感じるんです。これは私が長年設計事務所をやってきてはじめての経験でした。
お客さんは住宅展示場をいっぱい見て、いろいろな情報を持っている。ただ、どれが正しいのかという確信は持っていない。混乱しているんですね。山に来て頭の中のもやもやしていたものが、すぱっとなくなって、この山の木を使えば絶対大丈夫だと。山の持っている精神性をユーザーが感じることが、家づくりの一番基本だと感じたんですね」
■施主との人間関係をつくる
「今度、伐ったら施主にその周りに5本ぐらい植えてもらおうかと思っているんですよね。記念植樹のように何か碑を建てておいて。孫が訪ねてきて、うちのおじいさんたちが植えたんだね、と言えるようにしたい」と周一さん。
加藤家の木で家を建てたいという人は口コミで広がっている。
「お客さんは、加藤周一や父、重郎左エ門に惚れて、うちの木で家を建てたいと訪ねてくる。お客さんの方から訪ねて来るから、話がまとまっている。だから裏切るようなことはできない」と周一さん。
周一さんが材木を納品する今年2軒目の家は、鶴岡市から少し離れた山形市内に建てられる予定だ。ここでは施主の家に1週間泊まらせてもらい、建築現場の雰囲気を盛り上げながら、手伝いをするそうだ。
「家づくりでユーザーにダイレクトに結びついていくのが良いところであり、それが難しいところ。ようするに人間関係が大事。あいつに任せればいいなっていう。ちょっとしたことがあっても、あれくらい頑張ってくれたんだからしょうがないと思ってもらえる人間関係を築かないと」
■地域のスギとしてのゴール
周一さんが記した文章に、昔話の「ウサギとカメ」を日本の林業に重ねたものがあった。ウサギはカメに勝つことだけを考え、カメはゴールすることを目指した……。
「今の日本の森林・林業はどうだろうか。外材と競争しているウサギになってはいないだろうか。私たちが営々と育ててきたスギ、先祖代々、心を込めて育ててきたスギは外材と比べてどうのこうのいえるものではない。日本で、さらには地域で育ったスギにはそれなりの価値がある。地域のスギには地域のスギとしてのゴールがある……」(『山林』2000年4月号)
周一さんの林業は、地域で暮らし続けながら、自山の木で地域の家を丸ごと1軒建てるというやり方だ。
「先頭を切ってよ。やり方次第ではまだ林業をやっていけるんだよって言うことを示したい」と、力強く周一さんは話した。