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インタビュー「先人に学ぶ」

組織を活かす

井原敬典さん(岡山県勝山町)


 木材の町として知られる岡山県勝山町で、いくつもの組織に関わり、組織を活かして林業の課題に取り組んでいる技芸の林業家・井原敬典さんを紹介します。

■美作(みまさか)の木をふんだんに使った1000万円の家
 去る10月29日、勝山町の隣町、久世町で上棟式が行われた。構造には地元美作材のヒノキの柱、スギの梁や桁などが現れている。
「20、30歳代で建てられる価格帯ということで、1000万円で美作材をふんだんに使った『みまさかの家』を提案することになりました」と、井原敬典さんは真庭地区木材組合専務理事の立場で話す。
 真庭地区木材組合(山下忠雄理事長/会員は林業・木材関係企業約190社)は、木材の町勝山をPRする「木材ふれあい会館」の建設をきっかけに発足した。井原さんは林業者の代表として会館の構想に参画した経緯がある。
 みまさかの家は、同木材組合が平成10年秋に全国公募した設計コンペの優秀賞2点のうちの1点。建設費1000万円以内(電灯器具や合併浄化槽等を除く)、床面積80㎡程度が設計条件だったが、全国から223点もの応募があった。一方、健康志向、木に愛着があるという、岡山市など都市部の住まい手からの反響も大きかった。
 みまさかの家の建築は、同木材組合の会員である工務店の組織・美作産優良木造推進協議会(21社)の後押しでもある。木材の町・勝山でも、ハウスメーカーのプレハブ住宅が建ちはじめた。在来工法でスギ、ヒノキを使う地元の大工、工務店は3000万円の住宅は得意だが、それよりも安い価格帯ではプレハブ住宅に取られている。
「1000万円の家を地場の工務店が建てることで様々なノウハウを得て、プレハブ住宅に勝ってほしい。木材を住宅に使ってもらうことが、需要拡大の頂点です」
 これまで15年間ほど、井原さんは林業の仲間と材の販売に力を注いできた。今、井原さんは一歩先を視野に入れ、歩み出している。

■路網があれば家族労働が可能
 井原さんの林業経営の一番の特長は、林内路網を生かしていることである。
「間伐材の生産経費の削減には、林内路網の整備が一番。間伐体制に入っている今、少々採算に合わなくても将来を考えて路網を開設しています」と井原さん。路網があれば、間伐を人に頼んだ時にも、経費が見積もりやすいという。
 井原さんが大学を卒業し、家業の林業を継いだのは昭和51年。まず考えたのは、架線ではない方法で、木材を搬出することだった。
「林業新知識で林内作業車の広告を見てひらめきました。これなら家族労働でも可能だと思った」
 林内作業車は、現在普及しているような丸太を積むためのウインチも無く、クローラ(履帯)の上に荷台だけがあるものだったが、可能性を感じ、購入を決める。
「90㎝の幅があれば林内作業車が通れるから、これまでの歩道をあと40㎝ほど広げれば良かった」
 井原さんが「クローラ道」と呼ぶ道は、当初はまったくの手作業だった。歩道の山側を削り、谷側に盛土をしながら開いていった。
 2年後、地元の会社が住宅の基礎工事用に、小型ユンボ(車幅は1m20㎝)を購入した。井原さんはユンボを路網の開設に導入する。道幅を機械に合わせて1m50㎝程度に広げ、以来、毎年1000m〜3000mずつ路網を開設している。

■作業後の路面の水切りが大切
 井原さんが所有する30haの山林には、他人の山を通らなければ行けない場所がある。クローラ道の開設に着手してから12年ほどで、隣地の所有者の了解を得て、すべての自山に林内作業車で乗り入れることができるようになった。
 井原さんのクローラ道は、まず林地の最下方に等高線に沿って道を渡し、次に上方に向かってジグザグにクローラ道を開設してゆく。一気に上り詰めるのではなく、様子を見ながら数年かけてだんだんと延長している。
 クローラ道の維持のポイントは、雨で路面が掘れないように、作業後に路面の水切りをしっかり作っておくことだという。
 井原さんは、現在4代目の林内作業車を使用している。

■富原林業サービスセンター
 勝山町と近隣の津山市は中国地方を代表する木材集散地。その勝山町内も3つの地区に分けられる。川上から川下へかけて、木材産地の富原地区、製材の月田地区、木材流通の勝山地区である。
 井原さんが暮らすのは、木材産地に位置づけられる富原地区。井原さんは富原林業研究グループに所属して、枝打ちや間伐技術の研鑽を行ってきた。15年前に、こうした技術が確かな人たちの山から生産される材を、銘柄化して販売しようと設立したのが、任意法人富原林業サービスセンターである。
 メンバーは富原地区の森林所有者10人。所有山林の合計は220haになる。井原さん自身は、30haの所有山林から、年間150〜200‰の間伐材を生産している。
「センターの設立は、責任の持てる木をつくって、安心して買ってもらおうということがねらいです。材の品質や出荷量にばらつきがあるようでは、買う方も安心して買えない。このあたりを仲間と協力して改善しようとしたわけです」
 品質をそろえて、共通の刻印を木口に打って、月田地区にある真庭木材市売㈱に出荷している。
 品質とは具体的には「直材」「泥付きでない」「トビ傷などがない」「余尺がある(分切れがない)」など。
 昨年は真庭木材市売㈱に1225‰(3405万円)出荷したが、市場の評価は高いという。

■高性能林業機械を業者にリース
「林内路網の整備だけで、真庭郡全体の搬出コストが下がるかと言ったら、そうではありません。集約的な施業を行っていない大山林所有がたくさんある。木が安く搬出経費割れすれば1万haの山を所有していても、山はただ。この場面では高性能林業機械が必要」
 旭川高性能林業機械化センター・専務理事としての井原さんの言葉である。センターは平成7年に設立。機械の購入代金の半分は岡山県の林業基金から助成、残りは市中の金融機関から借り入れた。
 プロセッサを2台、ショベル型タワーヤーダを1台所有し、センターが技能集団「フォレストエース」と認めた素材生産業者に機械を貸し出している。

■林床に照葉樹を導く
 井原さんのご近所の戸田小一さんが所有する林は、120年生ほどのヒノキの下にカシなどの常緑広葉樹が育っている。これが井原さんが考える理想の「森」である。
「上木の間伐を繰り返していくと、下木にはこの辺りの原生林と同じような常緑広葉樹が自然と生えてくる。下木を生態系にあったものつまり『地球』そのものに戻していきながら、この林のヒノキのように2階部分を私たちが借りる。間伐を繰り返しながら、現在の林を50年か100年後にはこうした『森』へと導きたいですね」
 2階の部分にどの木を残すかの見極めには「智」が必要になる。
「まずまっすぐなもの。ヒノキは”あて”がないもの」といって井原さんは手のひらで、その見分け方を示してくれた。スギは目合いのいい、スギらしい肌の樹を残すという。
 2階は人間が利用し続けるのだそうだが、新たに植えずに下種更新を活かす。「20数年林業をやって見えてきたのは、本当の適地では上木が下種更新して、いいバランスで林床に生えてきます」。
 確かに戸田さんのヒノキ林の林床には、カシなどに交じってしっかりしたヒノキが育っていた。
 井原さんは取材中に「私が言ったことが正しいかどうかは、50年後にもう一度見に来てください」と、笑いながら何度も言われた。
「せっかく山があるんだから、どうせなら楽しく面白くとこれまでやってきたました。林業は現実には確かに大変ですが、将来を考える楽しさがある。100年先を考えてできる仕事は森づくり、林業しかありません」